· 

2月のミニ法座

2月28日(土)午後2時から、書院広間にて今年初めてのミニ法座を開きました。

この度は、先日の前住職一周忌法要のご講師のご法話に引き続き、『大無量寿経』(だいむりょうじゅきょう)の「其仏本願力 聞名欲往生 皆悉到彼国 自致不退転」のご文により、住職が味わいを述べさせていただきました。(ご興味がありましたら、画像の次に掲載しております)

この度は、もうすぐひな祭りということで、お茶菓子にいちご入りの桜餅をご準備しました。

中国に玄通律師(げんつうりっし)という戒律に生きる僧がおられた。ところが、戒を破ってしまった罪により閻魔法王(えんまほうおう)のもとにいたり、閻魔法王から「仏法を学んできたのであればそれを説いてみよ」と迫られるも、何も心に残っていない。ただひとつ耳に残っていたのが、かつて何気なしに聞き1~2回だけ誦(とな)たことのある「其仏本願力」のお言葉であった。それを誦(とな)えたところ、閻魔法王が、「これはこれ、西法極楽の弥陀如来の功徳を説く文なり」といって礼拝した、という逸話があります(『和語灯録 』)

 

今一度この『大無量寿経』(だいむりょうじゅきょう)のお言葉を味わってみましょう。

その仏の本願力(ほんがんりき)(みな)を聞きて往生せんと欲へば(おもえば)、みなことごとくかの国にいたりて、おのづから不退転(ふたいてん)にいたる

現代語版では、

 「その仏の本願のはたらきにより、名号(みょうごう)のいわれを聞いて往生を願うものは、残らずみなその国に往生し、おのずから不退転の位に至る」、とあります。

 

先程の玄通律師が地獄ゆきを免れたという伝承によってか、この「其仏本願力」の文はしばしば「破地獄の文(はじごくのもん)」と呼ばれます。

 

親鸞聖人もこの「其仏本願力」の経文を、阿弥陀様のはたらきを顕(あらわ)すお言葉として大切にしておられます。

ただし、その阿弥陀様のおはたらきがここに及ぶのは、決して死後のこととは見ておられません。

 

親鸞聖人の「現世利益和讃(げんぜりやくわさん)に、

「南無阿弥陀仏(なもあみだぶつ)をとなふれば 炎魔法王(えんまほうおう)尊敬(そんきよう)

 五道(ごどう)の冥官(みようかん)みなともに よるひるつねにまもるなり」

という一首があります。

 現代語版では、

「南無阿弥陀仏を称える身になると、炎魔王も尊び敬う。そのもとで罪を裁く地獄の役人たちもみな、昼夜を問わず常に護るのである」、とあります。

 

「現世利益和讃」の一首ですから、これは現世のことであって、死後の話ではありません。お念仏申す身へとお育てにあずかった上は、炎魔法王に尊び敬われるのだとお示しになられているのです。ただし、先程の「その仏の本願力」のお言葉と合わせますと、これは何もこの身が立派になったから敬われるということではありません。称えた私が尊いというのでもありません。その仏の本願力、すなわち称えられる南無阿弥陀仏の名(みな)の方に、この身をお浄土に生まれ仏とする功徳(くどく)があるからこそ、炎魔法王に尊び敬われるのでありましょう。

 

南無阿弥陀仏のおいわれの中に、この身が確かにお浄土に生まれ仏とならせていただくということを聞き受ける所に、地獄はすでに破(は)されている。その南無阿弥陀仏のお徳を親鸞聖人はひとえにお讃(たた)えになられたのだと、味わわせていただいております。(住職)