春のお彼岸のお中日3月20日(金)に、永代経法要をお勤めしました。
当日はお天気にも恵まれ、朝座昼座とご参詣の皆さまともどもにお念仏のみ教えをお聴聞しました。
(画像は当日の境内・内陣、朝座の勤行・お聴聞、昼座の永代経開闢(かいびゃく)法要・お聴聞の様子、講師の髙尾師、先日の境内清掃の様子)
ご講師はまんのう町妙覚寺の髙尾信証師で、この度2度目のご出講です。
「光明(こうみょう)てらしてたえざれば 不断光仏(ふだんこうぶつ)となづけたり 聞光力(もんこうりき)のゆゑなれば 心不断(しんふだん)にて往生(おうじょう)す」のご和讃をいただかれ、終始しみじみと、そしてあたたかく、阿弥陀様の光明のおはたらきについてお説きくださいました。
ご法話の中で、子どもから、「どうしてお仏壇は金ぴかなの?」と問われた時のエピソードを紹介されました。
「阿弥陀様が光の仏様だからその光の輝きを金色が表すんだよ」と答えられたそうです。そうすると「どうして光の仏様なの?」との質問が返ってきた。そこで、「夜中にトイレに目が覚めた時、ろうかが暗かったら怖いよね。でも電気がついて明るかったら怖くないでしょう」と言えば、納得してくれた。
時にはそれでも納得しない子もいるそうです。いくら明るくてもひとりだと怖いというのです。そんな不安も、親が一緒だと安心して用を足せるんですね。
阿弥陀様のことを光の仏様だと示されるのも、それはただの光というのではない。ひとりぼっちで死んでいかなければならない私に、「決してひとりじゃない、ひとりにはさせない」と喚(よ)び続けてくださる。南無阿弥陀仏の喚び声(よびごえ)となってご一緒くださり、この人生の不安に確かな安心を与えてくださる。この南無阿弥陀仏のお喚び声こそが、人生の闇を破ってくださる光の仏様のおすがたなのだということを、ご法話の中にお聞かせいただきました。(文責編集者)









