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小学生来訪~4月のミニ法座

4月24日の金曜日に、林田小3年生の児童が、「町探検」ということで西招寺を訪れてくれました。

本堂で、少しばかり西招寺についての説明をした後、児童からの質問に応じました。

見慣れないお内陣のお飾りや仏具などに興味津々で幾度も手が挙がり、予定をずいぶん延長しての滞在となりました。

その後、雲井御所に向かい、学校に戻るということでした。

 

25日(土)には、「私を仏とするはたらき」という講題でミニ法座を開きました。

前日の小学生からの示唆に富んだ質問を便りに、お仏壇やお内陣のお荘厳(しょうごん)・お飾りのひとつひとつは、み仏とお浄土の欠け目ないお徳を表すとともに、そのすべてはこの私を仏とするためのはたらきを持ってくださっているということをあらためて味わわせていただきました。

お浄土は、すべてのいのちを、この私のいのちを、必ず浄土へと迎え取ろうという阿弥陀さまの願いによって完成された世界だと説かれます。

私たちは、亡き方・大切な方を、み仏としてお敬いさせていただきますが、実は、これは当たり前のことではありません。

願いの通りにお浄土をお建(た)てくださったからこそ、そのお浄土のお徳がここに届いてくださっているからこそ、大切な方もまたお浄土に生まれられたのだと仰ぐことできます。

 

たとえば、いま当たり前のようにここに座ってますが、これ引力がはたらいてなければ成り立たないはずです。おそらくはふわふわと浮いてしまうのでしょう。もちろん私がそれは発見したわけはなく、ニュートンというお方をはじめ数々の物理学者・科学者が発見し、検証し、教えてくださったんですよね。

 

仏とするはたらきがここに届いていることに、私は自分自身で気づくことはできません。だからこそ、インドで仏教を開かれたお釈迦さまがそのことをお説きくださり、先人方がその教えを聞き伝えてくださったのです。

ご開山親鸞聖人は、

「阿弥陀如来という仏さまは、自分で仏となることができないいのちがあることをご覧になり、あのいのちを、すべてのいのちを、必ずお浄土に生まれ仏となるべきいのちと迎え取ろうと願われた。その願いの通りのおはたらきが、ここに南無阿弥陀仏の声の仏となって届いてくださっている。そのみ声の中に如来さまの願いをお聞かせいただき、必ず浄土に生まれ仏となるべきいのちと抱かれていくのだ」と、お示しくださいました。

 

いまここで、そのおはたらきが届いてくださっていることを教えてくれているのが亡き方々のご生涯であり、み仏としてのいまのあり方だと仰がせていただいております。